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グループサウンズブーム最中、ザ・スパイダースが「夕陽が泣いている」に続いてバンド外の浜口庫之助氏を起用し、再び大ヒットした「風が泣いている」 [ザ・スパイダース]







コミック版の「あしたのジョー」第一巻で、矢吹丈はザ・スパイダースの「風が泣いている」を歌いながら泪橋にやってきます。

ザ・ビートルズの日本武道館公演の3ヶ月後の9月、それまでブリティッシュ系ビートバンドだったザ・スパイダースご本人達は不本意だったようですが、ある種ふぉーく調の浜口庫之助氏、作詞作曲による「夕陽が泣いている」が大ヒット!ザ・スパイダースは時代の寵児になり、翌1967年5月、ザ・タイガースが、橋本淳作詞、すぎやまこういち作曲の「シーサイドバウンド」で大ブレイク!。

ザ・スパイダース、ブルーコメッツ、ザ・ワイルドワンズの人気GSを脅かす存在にザ・タイガースがなってきた1967年7月、再び!ザ・スパイダースが浜口庫之助氏を起用、大ヒットさせたのがこちら「風が泣いている」。

ザ・スパイダースはこの後、更に1968年のGSブームピーク時迄!「いつまでもどこまでも/バン・バン・バン」、「あの時君は若かった」「真珠の涙」等、ザ・タイガース、ザ・テンプターズのアイドル人気には及びませんでしたが、今も不滅の!GSナンバーをヒットさせ、大御所の面目を保っておりました。

が、圧倒的人気を誇っていたザ・タイガース以外、他GSは1968年をピークに急激に!その人気は下降し、ザ・スパイダースもご多分にもれず、ヒット曲は出なくなってしまったのは寂しい限りでした(堺正章氏、井上順氏は個々に人気は高かったですが)。

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1966年、浜口庫之介氏によるザ・スパイダース初の!歌謡大ヒット曲「夕陽が泣いている」 [ザ・スパイダース]







1966年、ヒットメーカー、巨匠!浜口庫之介氏によるザ・スパイダース初の!歌謡大ヒットになった、オランダ、イギリスでも「Sad sunset」(夕陽が泣いている)として発売されたそうな、あまりリアルタイム、GSに詳しくなかった方、嫌いだった方でも、誰もが聴き覚えのある曲だと思われます。

ファンの間では有名な話しですが、ザ・スパイダースのメンバーはこの大ヒット曲、最初は乗り気ではなかったそうですが、イントロの印象的な井上尭之氏の「歪み系」ギターからはじまり、わりと全編に主旋律、歌の「合いの手」的に入ってるギター、ザ・ビートルズの「イエスタディ」あたりの影響なのでしょうか?、この後、GSお得意の手法になる壮大なストリングスとビートバンドのフュージョン(融合)サウンド。

かまやつひろし氏でしょうか?ファルセットのコーラス、堺正章氏のボーカルは、これもザ・ビートルズの影響?ダブリングでしょうか?、、、なかなか聴き所の多い、こちらも曲でございます。

しかし、若きレコードジャケットの井上順氏、美男子ですね〜。メンズファッション雑誌のモデルみたいです。
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ザ・スパイダース あの時君は若かった [ザ・スパイダース]







ザ・スパイダースって、存在が楽しくて明るくて夢があって、子供心に大好きでした。

元「ワゴン・マスターズ」、堀威夫氏(後のホリプロ社長)によって1957年に結成された「スウィング・ウエスト」のドラマーであった田邊昭知氏により、GSブームのかなり前、東京オリンピック開催の3年前、1961年に、結成されたザ・スパイダース。

バンドの名付け親は、かまやつひろし氏の父、当時の日本ジャズ界では有名なシンガーであったティーブ・釜萢氏で、「蜘蛛の巣の様に世界を席巻する」という想いを込められた、夢のあるバンド命ですね。

1964年4月、ピーター&ゴードンの来日公演のバックバンドをつとめ、1965年1月と9月ザ・ヴェンチャーズ、6月アニマルズ、8月ザ・サーファリーズ、ザ・ハニカムズ、1966年1月ザ・ビーチ・ボーイズの前座をつとめ、1966年5月、日劇ウエスタンカーニバル初出場。

同年3月にはオランダ・フィリップスから『フリ・フリ'66』、4月にはアメリカ・フィリップスから『ノー・ノー・ボーイ』、10月にはオランダ、11月にはイギリスで『Sad sunset(夕陽が泣いている)』が発売されており、、、

その3年前、1963年の坂本九氏の「SUKIYAKI」(上を向いて歩こう)のように全米、"Billboard Hot 100" で、3週連続1位獲得というわけにはいかなかったものの、この時代、英国のリバプール・サウンドの向こうを張った「トーキョー・サウンド」を標榜し、「世界を視野に入れた活動」をしていたザ・スパイダース、もっと!再評価してもよいバンドだと思われます。

「あの時君は若かった/もう一度もう一度」は、GSブーム最盛期、ザ・テンプターズが「神様お願い」で大ブレイク!、ザ・タイガースも「君だけに愛を」を大ヒットさせていた時期、1968年3月に発表された、作曲かまやつひろし氏のオリジナルヒット曲で、同年上映された日活映画『ザ・スパイダースの大騒動』の主題歌でもあります。
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1968年、グループサウンズブーム最盛期、ザ・スパイダース最後の大ヒット曲になった「 真珠の涙」 [ザ・スパイダース]









エレキブームから加山雄三ブームの後、GSブームに火のついた1967年の大ヒット曲!「いつまでもどこまでも/バン・バン・バン」、1968年3月、GSブーム正に!最盛期の!「あの時君は若かった/もう一度もう一度」の大ヒットに続く、1968年6月発売、ザ・スパイダース結成七周年記念シングル。「真珠の涙/赤いドレスの女の子」。

実質、ザ・スパイダース最後のヒット曲になった曲でございます。

映像は同年、1968年、日活上映の「ザ・スパイダースのバリ島珍道中」のソレで、女性は、この後TVドラマ「おれは男だ」で相沢高校剣道部、丹下竜子役を演じた、小川ひろみさんと杉本エマさん。

イントロの流麗で美しい、大野克夫氏のキーボート、ストリングスに絡むカッペちゃん(加藤充氏)のベース、素晴らしいですね。カッコイイですね!。この曲のベース、カッペちゃんはザ・スパイダースの数ある名曲の中でも、特に!最高の!ベースを弾いてると、管理人は思っております。

歌いだしのマチャアキ、堺正章氏のボーカルのこの厚み、井上順氏とのユニゾンなのでしょうか?。ザ・ビートルズ「恋する二人」のジョン・レノンでお馴染み!、堺正章氏が1人で2回歌い被せた、ダブリングなのでしょうか?。

♪小さな愛が〜 の所から声が1声になる所は、やはりザ・ビートルズ、ジョン・レノンの「恋する二人」の影響なのでしょうか?。当時、担当だったレコーディングエンジニア、職人に、意図を聞いてみたいものでございます。

♪君の想い出は〜 からのバックコーラス、♪チュチュチュチュは、やはりザ・ビートルズの「ガール」の影響なのでしょうか?。

そして最後の無茶苦茶カッコいい! ♪真珠のなみーだ の素晴らしい!コーラス。ムッシュかまやつ氏の裏声、ファルセットはザ・ビートルス、「恋のアドバイス」でのジョン・レノンの影響なのでしょうか?、はたまた、ザ・ビーチボーイズのブライアン・ウイルソンの影響なのでしょうか?。

聞きたい事が管理人、山ほどこの曲は特に!ありまする、、、。

しかし、いつ聴いても良い曲だね〜。素晴らしい!名曲だな〜。作詞はザ・タイガースの初期中期でお馴染み!橋本淳氏、作曲はザ・スパイダースのムッシュかまやつ、かまやつひろし氏でございます。
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「なんとなくなんとなく」のB面曲、ザ・スパイダースのブルースカヴァー「ブーンブーン」の凄さ! [ザ・スパイダース]









ジョン・リー・フッカーのオリジナルというより、当時はアニマルズのカバーで有名だったのではないか?と思われる、GSブーム初期、加山雄三ブーム吹き荒れた1966年のクリスマスに発売になったシングル。

前作、浜口庫之助氏の手による「夕陽が泣いている」の大ヒットに続いて大ヒットした、メンバーのムッシュかまやつひろし氏のオリジナル作品、「なんとなくなんとなく」のB面に収録されていた「ブーンブーン」。

この時代にばりばりの、今でもブルースファンにはとても人気の高いブルースナンバーを、シングルB面とはいえ録音していたザ・スパイダースは偉かった、カッコ良かったと、つくずく思う次第。

リードボーカルは、ムッシュかまやつひろし氏でございます。

A面の、ほんわか した雰囲気の「なんとなくなんとなく」と同じバンドとは思えない、強烈な!ナンバーと思いませぬか?。これが良くも悪くもGSブームであり、GSが面白くて飽きない深い所だと思って、僭越ながら能書きほざかしていただいております。
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1968年、グループサウンズブーム真っ盛りの最中、ザ・スパイダースが発表した、正真正銘のジャパニーズR&R「ロックンロール・ボーイ 」 [ザ・スパイダース]









シングル「黒ゆりの詩」のB面として発表された曲ですが、1968年の空前のGSブームの年に、既に!R&Rリバイバルという感覚。

キャロル登場の4年前に、これをやってたザ・スパイダース、音楽ファンは歴史を見直すべきですよん。

ザ・スパイダースはGSブーム完全終焉の1970年に、アルバム「ロックンロールルネッサンス」という、洋楽のR&R、ロックをカバーしたアルバムを発表。スパイダースはR&Rバンドなんだという意地を、GSブーム崩壊の年、最後に見せつけたと管理人、得意の思い込みで思っております(汗)。

かまやつひろし氏の作詞作曲の本作。イントロから全編に流れる大野克夫氏のキーボード!。無茶苦茶カッコいい!。当時、流行の先端だった、英国のモッズみたいだし、「いのやん どうぞ」堺正章氏の声の後の井上孝之氏のギターソロもカッコいい!。

全体に、ふんだんに50sフィリーング溢れる、コーラス、ハモも素晴らしい!。キャロル、クールス好きの70s好き親爺には、是非!今一度、しっかり聴いていただきたい音源だと思っております。GSは凄いのですよ!。実は!。

田辺昭知氏のドラム、カッペちゃん(このニックネーム、凄くない?汗)、加藤充氏のベースのリズム隊のR&Rグルーヴ、今も昔も気持ちいいと思っております。

♪赤いコブラでハイウエイ行けば
♪白いテレキャスター ファズワウかけて

コブラ、フォード マスタング コブラなんて車種、70年代の映画「激走5000キロ」以前、日本で知ってる人、果たして何人いた事か?(汗)。詞も最高に!時代を考えると、洒落た素晴らしい!ソレの、正に東京R&Rサウンド!。

無条件でカッコイイ!。GS万歳!。スパイダース最高!。

すいません、管理人、リアルタイム半ズボンの少年時代、ザ・スパイダースが一番!好きだったもので(汗)。


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リアルタイムを知らない人でも認知度抜群のザ・スパイダース「バン・バン・バン」は、 「いつまでもどこまでも」のシングルB面曲だった。 [ザ・スパイダース]









GSブームの頃、多くの日本人は、ロック、R&Rという感覚持ってる人、殆どおりませんでしたから(笑)、ザ・タイガース人気に湧きに湧いた年、67年の10月に、先輩ザ・スパイダースが放った、この超有名な「バン・バン・バン」、実は当時の日本人好み、琴線にふれる美しいバラード&井上順氏の台詞入りの大ヒット曲、「いつまでもどこまでも」(できたばかりのオリコン最高位4位)のB面発表だったんですね。

漫画「あしたのジョー」で、矢吹丈が泪橋に流れてきた時、歌ってるのがスパイダースの「風が泣いている」で、「いつまでもどこまでも/バン・バン・バン」の3ヶ月前のこの曲は大ヒット曲であり、ザ・タイガースの空前の大ブームで盛り上がった1967年。どっこいザ・スパイダースもGSブームのど真ん中で、ヒット曲を連発していたわけです。

そしてこの後!ザ・スパイダースの不朽の名曲!2曲、「あの時君は若かった」「真珠の涙」と68年のGSブーム最盛期に発表するのですから、凄いものでございます。

うーん、しかし、いつ聴いてももの凄いグルーヴの名曲だ!。打楽器の入れ方が尋常じゃない。どうやって録音したのか?、誰が担当してたのか?きいてみたい。


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グループサウンズ以前の、田辺昭知とスパイダースの「ワイプアウト」も凄いなー [ザ・スパイダース]









スパイダースの何が凄いって、ヴェンチャーズでお馴染み(オリジナル曲ではないです)、このサーフロックの有名な曲を演奏していても、いい意味でサーフロックに聴こえない、、、

R&R、いや、ある種パンクにも聴こえなくもない所で、リアルタイムは勿論そんな事、考えもせず、フロントの堺正章氏と井上順氏の、若き天才パフォーマーに、管理人はげらげら笑ってただけの、ただのバカなガキでしたが(汗)、田辺昭知氏のドラムは個性的ですね〜。

特にこの手の初期の作品にそれが顕著!。ギターバトルもとても素敵ですね。

1961年に、昔ながらのバンドボーイからの叩き上げ、スウィング・ウエストのドラマーであった田辺昭知氏によって結成されたザ・スパイダースは、GS大ブーム以前から、ピーター&ゴードン、エレキブームの立役者、ザ・ヴェンチャーズ、アニマルズ、ザ・サーファリーズ、ザ・ビーチ・ボーイズと、蒼々たるバンドの来日公演のオープニグアクトをつとめていたバンドであり、まあ、「GSなめるなよ」という事で(笑)。


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